京都・朱雀錦
(15)世界遺産と日本の世界遺産



世界遺産・マチュ・ピチ

Ⅰ.世界遺産

 世界の貴重な自然遺産や文化遺産を保護・保全し、次世代に継承しようとの目的から1972年に国際連合の教育機関であるユネスコの総会で世界遺産条約が採択されました。
 地球規模で次世代に残していくべき、時を超えた人類の宝物、それがユネスコが認定した世界遺産です。世界遺産には、歴史的に価値が認められた文化遺産と大自然が作り出した景観や地形、生物多様性を認められた自然遺産、そして文化遺産と自然遺産を併せ持つ複合遺産がある。
 この世界遺産の考え方が生まれたのは、エジプトのアスワン・ハイ・ダム建設に伴い、ヌビア遺跡群が水没の危機にあったことに始まります。
 氾濫防止能や灌漑用水、エネルギー(電力)等が不足しており、これらの問題を解消するため、大規模なアスワン・ハイ・ダムを計画しました。 アスワン・ハイ・ダムは、アスワン・ロウ・ダムの6.4km上流に堤高-111m、堤頂長3,830mの巨大ロックフィルダムである。
 アブ・シンベル神殿を含むヌビア遺跡はエジプト南部のナイル川流域にある、古代エジプト文明の遺跡。 1960年代、エジプトでナイル川流域にアスワン・ハイ・ダムの建設計画が持ち上がったが、このダムが完成すると、ヌビア遺跡が水没する危機が懸念された。
 これを受けて、ユネスコが、ヌビア水没遺跡救済キャンペーンを開始。 世界の60カ国の援助により、技術支援、考古学調査支援などが行われた。 これがきっかけとなり、開発から歴史的価値ある遺跡、建築物、自然等を国際的な組織運営で守ろうという機運が生まれ、19721116日、ユネスコのパリ本部で開催された第17回ユネスコ総会で、世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)が満場一致で成立した。

1.アブ・シンベルシン神殿
 エジプト・ナイル川の上流ヌビア地方は、古代エジプトの遺跡が点在している。その中で最大の遺跡が、アブ・シンベルシン神殿である。
  この神殿は、今から約3200年前のファラオ(古代エジプトの王)で勇名を馳せたラムセス二世によって建造された岩窟神殿である。左に大神殿、100m程右に小神殿が連なる。大神殿の正面には高さ20mもの巨大なラムセス二世の坐像が4体彫られて、その足元中央に奥へ通ずる入り口がある。更に30m程奥の小さな部屋に安置されたある神像には昔も今(移動後)も、2月と10月年2回のある日だけ、朝日が差し込むと言う神秘的な造りになっていると言う。
 この神殿は、アスワン・ハイ・ダム計画のため水没することになったため1968年、岩窟神殿を約1036個のブロックに切断し、62m高い現在位置(ナセルダム湖湖畔)に移築された。まっ平らな砂漠に、造作部移築、岩窟の部分はコンクリートでドームを造った。費用は約4千万ドルであったと言う。

2.世界遺産条約
 世界遺産条約の正式な条約名は「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」でその全文の概要はで以下の通りである。
 世界遺産条約は、まず(1)前文で、世界遺産条約の主旨を述べ、(2)13条で文化遺産と自然遺産の定義を述べ、(3)47条で文化遺産および自然遺産の国内及び国際的保護、(4)814条世界の文化遺産及び自然遺産の保護のための政府間委員会、(5)1518条世界の文化遺産及び自然遺産の保護のための基金、(6)1926条国際援助の条件及び態様、(7)2728条教育事業計画、(8)29条報告、(9)最終条項の8章からできている。

3.用語及び定義
(1)世界遺産 世界遺産とは、人類が歴史的に残した偉大な文明の証明ともいえる遺跡や文化的
  な価値の高い建造物、そして、この地球上から失われてはならない自然環境を保護・保全する
  ことにより、私たち人類の共通の財産を後世に継承していくことを目的に
1972年のユネスコ総
  会で採択された世界遺産条約に基づく世界遺産リストに登録されている物件のこと。

(2)世界遺産リスト 世界遺産リストとは、ユネスコの世界遺産委員会が顕著普遍的価値がある
  と認め登録した物件の一覧表のことで、遺産種類には、①文化遺産、②自然遺産、③複合遺産
  の3種がある。

(3)文化遺産 文化遺産とは、歴史上、芸術上または学術上、顕著な普遍的価値を有する記念物
  、建築物群、記念的意義を有する彫刻及び絵画、考古学的な性質の物件及び構造物、金石文、
  洞穴居ならびにこれらの物件の組合せで、歴史的、芸術的または学術上顕著な普遍的価値を有
  すると定義することが出来る。
 
  記念物とは、建築物、記念的意義を有する彫刻及び絵画、考古学的な性質の物件及び小僧物
  、金石文、洞穴居ならびにこれらの物件の組合せで、歴史的、芸術的または学術上顕著な普遍
  的価値を有する物を言う。

   建造物群とは独立し、または連続した建築物の群でその建築様式、均質性または景観内の位
  置のために、歴史上、芸実上、または学術上顕著な普遍的価値を有するものを言う。
遺跡と
  は、自然と結合したものを含む人工的の所産及び考古学的遺跡を含む区域で歴史上、芸術上、
  民族学上、または人類学上顕著な普遍的価値を有するものを言う。

   文化遺産には、次の6つの登録基準があり、これらのうち一つ以上を満たしている必要があ
  る。

   ⅰ) 人類の創造的天才の傑作を表現するもの
   ⅱ) ある期間を通じて、または、ある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、町並み
    計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。

  ) 現存する、または、消滅した文化的伝統、または、文明の、唯一の、または、少なくとも
   稀な証拠となるもの。

  ) 人類の歴史上重要な時代を例証する、ある形式の建造物、建築物群、技術の集積、または
  、観の顕著な例

  ) 特に、回復困難な変化の影響下で損傷されやすい状態にある場合における、ある文化(ま
   たは複数の文化)を代表する伝統的集落、または、土
地利用の顕著な例
  ) 顕著な普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、または、芸術的、文学
   的作品と、直接に、または、明白に関連するもの。

(4)自然遺産 自然遺産とは無生物、生物の生成物または生物群からなる特徴のあるもの、そし
  て、地質的または地形学的な形成物および脅威にさら されている動物または植物種の生息地
  または自生地として区域が明確に定められている地域で、学術上、保存上、または景観上、顕
  著な普遍的価値を有するものと定義することができる。

   自然遺産には、次の4つの登録基準があり、このうち1つ以上を満たしている必要がある。
  ) 生命進化の記録、重要な進行中の地質学的、地形学形成過程あるいは重要な地形学的、自
   然地理学的特徴を含む、地球の歴史の主要な段階を代表すする顕著な見本であること。

  ) 陸上、淡水域、沿岸、海洋の生態系や生物群集の進化発展において、重要な進行中の生態
   学的、生物学的過程を代表する顕著な見本である。

  ) 類例を見ない自然の美しさ、または美観的にみて優れた自然現象あるいは地域を包含する
   こと。

  ) 学術的、保全的視点かれあみて、優れて普遍的価値をもち、絶滅の怖れのある種を含む野
   生状態にある生物の多様性の保全にとって、特に重要様な自然の生息生育地を含むこと。

(5)複合遺産 自然遺産と文化遺産の両方の要件を満たしている物件が複合遺産で、最初から複
  合遺産として登録される場合と、はじめに自然遺産或 いは文化遺産として登録され、その後
  もう一方の遺産としても評価されて複合遺産となる場合がある。


4.世界遺産の登録
 ユネスコの世界遺産への登録は、まず、世界遺産条約の締結国が自国の自然遺産及び文化遺産の中から顕著な普遍的価値を持つ物件を世界遺産委員会に推薦する。 
 自然遺産及び文化遺産に共通する世界遺産への登録手順は、日本の場合、関係自治体の同意を得て、外務省、環境省、林野庁、文化庁、建設省、総理府のメンバーで構成される世界遺産条約関係省庁連絡会議で決定し、毎年7月1日までに、ユネスコ本部の世界遺産リストへの登録を希望する物件を推薦する。
  世界遺産リストへの登録は、翌年の6月或いは7月、それに世界遺産委員会 の直前に開催される世界遺産委員会ビューロー会議での事前審査を経て、通常、12月に開催される世界遺産委員会で審議・決定されます。
 世界遺産への登録に際いての事前審査は、自然遺産については、IUCN(国際自然保護連合)が、科学者などの専門家を現地に派遣し、厳格な現地調査を含む評価報告書を作成、この評価報告書を基に、世界遺産委員会ビューロー会議が自然遺産の登録基準への適合性や保護管理体制について厳しい審査を行う。
 文化遺産と複合遺産については、イコモス(ICOMOS=国際記念物遺跡会議)が、建築や都市計画などの専門家を現地に派遣し、厳格な現地調査を含む評価報告書を作成、この評価報告書を基に、世界遺産委員会ビューロー会議が文化遺産の登録基準への適合性や保護管理体制について厳しい事前審査を行う。
(1)世界遺産委員会 世界遺産委員会は、締約国から提出された推薦物件に基づいて、新に世界
  遺産リストに登録すべき物件や危機にさらされている世界遺産リストに登録すべき物件の決定
  、次年度の世界遺産基金の予算の決定、既に世界遺産リストに登録されている物件の保全状況
  の監視、世界遺産保護のための締約国からの国際援助の要求の審査、方針の決定などを行いま
  す。 同委員会の決定は、出席し、かつ、投票する委員の3分の2以上の多数決で行われる。
(2)世界遺産委員会は、通常一年に一度、12月に開催される。世界遺産委員会は、通常2年に1
  回開催される世界遺産条約締約国の総会で先進された
21カ国のメンバーで構成され、任期は6
  年で、2年毎に3分の1が交代する。

    2000年8月現在の世界遺産委員会の委員国は、下記の21カ国。オーストラリア、カナダ、モ
  ロッコ、マルタ、エクアドル、ベナン、キューバ(任期 第
31回ユネスコ総会の会期終了後~
   2001
11月頃まで)ギリシャ、ジンバブエ、フィンランド、ハンガリー、メキシコ、韓国、
  タイ(任期 第
32回ユネスコ総会の会期終了後~200311月頃まで)ベルギー、中国、コロ
  ンビア、エジプト、イタリア、ポルトガル、南アフリカ(任期 第
33回ユネスコ総会の会期終
  了後~
200511月頃まで)世界遺産委員会ビューロー会議 会議は、世界遺産委員会で選任
  された7カ国のメンバーで構成される。 世界遺産への登録に際しての事前審査は、自然遺産
  については
IUCN、文化遺産と複合遺産についてはICOMOSが専門家を現地に派遣し、厳密な
  現地調査を含む評価報告書を作成、この評価報告書を基に、界遺産委員会ビューロー会議が自
  然遺産または文化遺産の登録基準への適合性や保護管理体制について厳しい事前調査を行う。

  界遺産委員会ビューロー会議は通常、年2回、6~7月と世界遺産委員会の直前の1112
  に開催され、世界遺産委員会に上程する議案の事前審査や方向付けをおこなう。


5.これまでの経緯
19721116日 第17回ユネスコ総会にて「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」
    が採択された。

1973 712日 アメリカ合衆国批准、
1974年 エジプト、イラク、ブルガリア、スーダン、アルジェリア、オーストラリア、コンゴ民主
    共和国、ナイジェリア、ニジェールの9カ国批准または受諾
1975年 イラン、チュニジア
    、ヨルダン、ユーゴースラビア、エクアドル
フランス、ガーナ、シリア、キプロス、スイ
    ス、モロッコ、の
11国批准または受諾
19751216日「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」発効
1976年 ネネガル、ポーランド、カナダ、パキスタン、ドイツ、ボリビアの6カ国批准または
    受諾
1977年 マリー、ノルウェー、ガイアナ、エチオピア、タンザニア、コスタリカ、
    ブラジル、イン」ドの8カ国批准または受諾

1977年6月27日~ 第1回パリ(フランス)世界遺産委員会開催 登録物件数 0
1978年 パナマ、ネパール、イタリア、サウジアラビア、アルゼンチン、リビア、モナコ、
    マルタの8カ国批准または受諾

1978年9月5日~ 第2回ワシントン(アメリカ合衆国)世界遺産委員会開催、アーヘン大聖堂
   (ドイツ)、イエローストーン国立公園(アメリカ)ヴィエリチカ塩坑(ポーランド)、
    ガラパゴス諸島(エクアドル)キト旧市街(エクアドル)、クラクフ歴史地区(エクアド
    ル)ゴレ島(セネガル)、シミエン国立公園(エチオピア)、ナハンニ国立公園(カナ」    ダ)、メサベルデ(アメリカ)、ラリベラの岩の教会(エチオピア)、ランゾー・メド
    ーズ国立歴史公園(カナダ)登録物件数
12
1979年 ガテマラ、ギニア、アフガニスタン、ホンジュラス、デンマーク、ニカラグアの6カ国
    批准または受諾

19791022日~第3回ルクソール(エジプト)世界遺産委員会開催 登録物件数 45
1980年 ハイチ、チリ、セイシェル、スリランカ、ポルトガル、イエーメン、中央アフリカの7
    カ国批准または受諾

1980年9月1日~ 第4回パリ(フランス)世界遺産委員会開催 登録物件数 28
1981年 コートジュボアール、モーリタニア、キューバ、ギリシャ、オーマンの5カ国批准または
    受諾

1981年9月10日~ 臨時 パリ(フランス)世界遺産委員会開催 登録物件数 1
19811026日~第5回シドニー(オーストラリア)世界遺産委員会開催登録物件数 26
1982年 マラウイ、ペルー、スペイン、ブルンディ、ベナン、ジンバブエ、ヴァチカン、モザンビ
    ーク、カメルーンの9カ国批准または受諾
19821213~第6回パリ(フランス)世界
    遺産委員会開催 登録物件
数 24
1983年 レバノン、トルコ、コロンビア、ジャマイカ、マダガスカル、バングラデシュ、ルクセン
    ブルグ、アルゼンチンの8カ国批准また
は受諾
198312 5~ 第7回フィレンツェ(イタリア)世界遺産委員会開催登録物件数 29
1984年 メキシコ、イギリス、ザンビア、カタール、ニュージランドの5カ国批准または受諾
19841029~ 第8回ブエノスアイレス(アルゼンチン)世界遺産委員会開催、
    登録物件数 
23
1985年 スウェーデン、ドミニカ共和国、ハンガリー、フィリピン、中国の5カ国批准または受諾
198512 2~ 第9回パリ(フランス)世界遺産委員会開催 登録物件数 30
1986年 モルジブ、セントクリストファー・ネイヴィース、ガボンの3カ国批准または受諾
19861124~ 10回パリ(フランス)世界遺産委員会開催 登録物件数 31
1987年 フィンランド、ラオス、ブルキナファン、ガンビア、タイ、ベトナム、ウガンダ、
    コンゴの8カ国批准または受諾

198712 7~ 11回パリ(フランス)世界遺産委員会開催、登録物件数 41
1987年 バングラヂシュ、カーボベルデ、韓国、ベラルーシ、ロシア、ウクライナ、マレーシアの
    7カ国批准または受諾

198812 5~ 12回ブラジリア(ブラジル)世界遺産委員会開催    登録物件数 27
1989年 ウルガイ、インドネシア、アルバニアの3カ国批准または受諾
19891211~ 13回パリ(フランス)世界遺産委員会開催 登録物件数 7
1990年 モンゴル、ルーマニア、ベネズエラ、ベリーズ、フィージーの5カ国批准または受諾
199012 7~ 14回バンフ(カナダ)世界遺産委員会開催 登録物件数 17
1991年 バーレン、ケニア、アイルランド、エルサルバドル、セントルシ、サン・マリノ、
    アンゴラ、カンボジアの8カ国批准または受諾

199112 9~ 15回カルタゴ(チュニジア)世界遺産委員会開催、 登録物件数 22
1992年 リトニア、ソロモン諸島、日本、クロアチア、タジキスタン、グルジア、スロバニア、
    オーストリアの8カ国批准または受諾、
日本125番目の国として受諾する。
199212 7~ 16回サンタ・フェ(アメリカ)世界遺産委員会開催登録物件数 20
1993年 チェコ、スロバキア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、アルメニア、アゼルバイジャンの5カ
    国批准または受諾

199312 6~17回カルタヘナ(コロンビア)世界遺産委員会開催白神山地
   、姫路城法隆寺地域の
仏教建造物屋久島登録物件数 33
1994年 ミャンマー、カザフスタン、トルクメニスタンの3カ国批准または受諾
19941212~ 18回プーケット(タイ)世界遺産委員会開催古都京都の文化財を含め登録物
    件数 
29
1995年 ラトビア、ドミニカ、キルギス、モーリシャス、エストニア、アイスランドの6カ国批准
    または受諾
199512 4~ 19回ベルリン(ドイツ)世界遺産委員会開催 
    
白川郷・五箇山の合掌造り集落を含め登録物件数 29
1996年 ベルギーの1カ国批准または受諾
199612 2~ 20回メリダ(メキシコ)世界遺産委員会開催、厳島神社広島平和記念碑
    を含め登録物件数 
37
1997年 アンドラ、マケドニア、南アフリカ、パプア・ニューギニア、スリナムの5カ国批准また
    は受諾

199712 1~ 21回ナポリ(イタリア)世界遺産委員会開催 登録物件数 46
1997年 トーゴ、朝鮮民主主義人民共和国、グレナダ、ボツワナの4カ国批准または受諾
19981130~ 22回京都(日本)世界遺産委員会開催 古都奈良の文化財を含め
    登録物件数 
30
1998年 チャド、イスラエルの2カ国批准または受諾
199911月 松浦晃一郎氏が日本人として初めて第8代ユネスコ事務局長に就任
19991129~ 23回マラケシュ(モロッコ)世界遺産委員会開催 光の社寺を含め
    登録物件数 
48
2000年 ナミビア、キリバス、コモロ、ルワンダの4カ国批准または受諾
20001127~24回ケアンズ(オーストラリア)世界遺産委員会開催 
       琉球王国のグスク及び関連遺産群を含め登録物件数 
20011211~25回ヘルシンキ(フィンランド)世界遺産委員会開催 登録物件数 50
2002 624~26回ブダペスト(ハンガリー)世界遺産委員会開催 録物件数 9
2003 630~27回パリ(フランス)世界遺産委員会開催 登録物件数 24
2004 628~28回蘇州市(中国)世界遺産委員会開催 紀伊山地の霊場と参詣道を含め
    登録物件数 
34 
2005 710~29回ダーバン(南アフリカ)世界遺産委員会開催 を含め登録物件数44
2006 7 8~30回ヴィリニュス(リトアニア)世界遺産委員会開催 登録物件数 18
2007 623~31回クライストチャーチ(ニュージランド)世界遺産委員会開催
    石見銀山遺跡とその文化的景観を含め登録物件数 
22


                     Ⅱ.日本の世界遺産
1.世界遺産条約締結前後の推移 
19721116日 第17回ユネスコ総会にて、「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約
   」が採択された。

19751216日 「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」発効。
1992 619日 世界遺産条約締結を国会で承認。
1992 626日 世界遺産条約受諾の閣議決定。
1992 630日 世界遺産条約受諾書寄託。 
1992 930日 我が国について世界遺産条約が発効。
199210月   ユネスコに「奈良の寺院・神社」、「姫路城」、「日光の社寺」、
「厳島神社」、
   「鎌倉の寺院・神社」、「彦根城」、「琉球王国の城・遺産群」、「白川」郷の集落」
   「京都の社寺」、「白神山地」、「屋久島」の
11件の暫定リストを提出。 
1993126日 第17回カルタヘナ(コロンビア)世界遺産委員会において「白神山地」、「姫路
    城」、「法隆寺地域の仏教建造物」、「屋久島」の4
件が世界遺産リストに登録された。
19941212~ 18回プーケット(タイ)世界遺産委員会において「古都京都の文化財」が世
    界遺産リストに登録された。
 
199512 4~ 19回ベルリン(ドイツ)世界遺産委員会において「白川郷・五箇山の合掌造り
    集落」が世界遺産リストに登録された。
 
199612 2~ 20回メリダ(メキシコ)世界遺産委員会において「厳島神社」、「広島平和記
    念碑」が世界遺産リストに登録された。
 
19981130~ 22回京都(日本)世界遺産委員会置いて「古都奈良の文化財」が世界遺産
    リストに登録された。

199911月 松浦晃一郎氏が日本人として初めて第8代ユネスコ事務局長に就任 
19991129~ 23回マラケシュ(モロッコ)世界遺産委員会おいて「日光の社寺が世界遺産
    リストに登録された。
 
20001127~24回ケアンズ(オーストラリア)世界遺産委員会において「琉球王国のグスク
    及び関連遺産群」が世界遺産リストに登録 された。
 
2004 628~28回蘇州市(中国)世界遺産委員会において「紀伊山地の霊場と参詣道」が世
    界遺産リストに登録された。 
 
2005 710~29回ダーバン(南アフリカ)世界遺産委員会において「知床」が世界遺産リス
    トに登録された。
 
2007 623~31回クライストチャーチ(ニュージランド)世界遺産委員会において「石見銀
    山遺跡とその文化的景観」が世界遺産リスト に登録された。


2.日本のユネスコ世界遺産
(1)白神山地[Shirakami-Sanchi]
 遺産種別 自然遺産       登録基準 ⅱ)
登録年月199312月、第17回カルタヘナ(コロンビア)世界遺産委員
       会にて世界遺産リストに登録される。
      遺産面積 コア・ゾーン10,139ha、バッファ・ゾーン6,832ha合計16,971ha 
登録遺産の概要
  白神山地は、青森県西南部から秋田県北西部にかけて広がる標高100mか1,200mに及ぶ、およそ130,000haの山岳地帯の総称である。また日本海に注ぐ河川の源流部が集中し、様々な動植物を育み続ける母なる森である。 白神山地のブナ林は、8000年近い歴史を持ち、縄文時代の始まりとともに誕生したと考えられており、縄文に始まる東日本の文化は、ブナの森の豊かさに支えられ、現代の私達もブナの森のめぐみに預かっている。
     白神山地はブナ林が支えてきた太古からの極めて価値の高い自然生態系を保っており、屋久島ともに日本初の世界遺産として認められた。世 界遺産登録区域は16,917ha(169.7km2)であり、世界最大級の広大なブナ原生林の美しさと生命力は、人類の宝物と言え、また白神山地全体が森林の博物館的景観を呈している。


         白神山地
 
         姫路城

(2)姫路城[Himeji-jo]
 遺産種別 文化遺産      登録基準 ⅰ)、ⅳ)
 登録年月 199312月、第17回カルタヘナ(コロンビア)世界遺産委員 会にて世界遺産リスト
      に登録される。

 遺産面積 コア・ゾーン102ha、バッファ・ゾーン143ha、合計250ha
 登録遺産の概要
 姫路城は、兵庫県姫路市内の小高い丘、姫山にある平山城。姫路城が最初に築かれたのは、鎌倉時代の末期、元弘3(1333)年、播磨の豪族赤松則村が、西国からの幕府の攻撃に備えて、ここに砦を築いた。その後も、西国統治の重要な拠点として羽芝秀吉、池田輝政、本多忠政ら時代の重鎮がこの城を引き継ぎ、その都度拡張され、現在の姿を整えてきた。
 築城技術は安土桃山時代から江戸時代初期にかけて、軍事的にも芸術 的にも最高レベルに達したが、1610年、池田輝政はその時代の粋を集めてこの城を完成させた。姫路城の天守閣群は外観5層、内部6層の大天主を中心に渡り廊下で結ばれた3つの小天主で構成された「連立式天守閣」と言う様式。白壁が美しく、華やかな構成美が羽を広げて舞う白鷺の様なので「白鷺城」の別名でも親しまれている。姫路城は連立式天守閣の構造美に代表されるように、軍事的そして芸術的に最高度に達したといわれる安土桃山建築の粋が凝らされている。一方、その美しい外観とは裏腹に内部は徹底的な防御の構えの堅固な要塞の構造になっている。姫路城には、国宝(8棟)や重要文化財(74棟)の指定を受けた建造物が82棟もあり、長い歴史の中で一度も戦火に巻き込まれなかったこともあって、日本の城郭建築物の中では第一級の保存度を誇っている。

(3)法隆寺地域の仏教建造物
 登録遺産名 Buddhist Monuments in the Horyuji Area
 遺産種別 文化遺産      登録基準 ⅰ)、ⅱ)、ⅳ),ⅵ)
 登録年月 199312月、第17回カルタヘナ(コロンビア)世界遺産委員
          会にて世界遺産リストに登録される。
 遺産面積 コア・ゾーン15.3ha、バッファ・ゾーン570.7ha、合計586ha
 登録遺産の概要
 法隆寺地域の仏教建造物は奈良県生駒郡斑鳩町にあり、法隆寺、法起寺からなる。法隆寺は推古朝の607年に聖徳太子(574622年)が推古天皇(554628)と共に太子の父君・用明天皇のために建立したとされる。 
 一度全焼し710年頃までの債権が有力で、1400年にも及ぶ輝かしい伝統を今に誇る。法隆寺は世界最古の木造建造物の中門、金堂、日本の塔の中で最古の五重の塔などからなる西院伽藍、夢殿を中心とした東院伽藍などからなる。また、法隆寺地域は、日本最古の三重塔がある法起寺、聖徳太子の病気回復を願って建立された法輪寺などの多くの古刹にも恵まれ、日本仏教寺院の全歴史を物語る文化遺産がここに総合されている。法隆寺地域は、建造物群だけではなく釈迦三尊像、百済観音像、救世観音像などの仏像、法隆寺会式(聖雲会)などの宗教儀礼、学問、歴史、信仰など日本の仏教文化の宝庫ともいえ、斑鳩の里として日本人の心のふるさとになっている。 

              
          法隆寺
 

           屋久島

) 屋久島
 遺産種別 自然遺産       登録基準 ⅱ)、
 登録年月 199312月、第17回カルタヘナ(コロンビア)世界遺産委員会にて世界遺産リスト
      に登録される。

 遺産面積 10,747ha(屋久島の約20%)
  登録遺産の概要
 屋久島は、鹿児島県の南方約60kmのコバルトブルーの海に浮かぶ周囲132km、面積500km2、わが国では5番目に大きい離島。屋久島は中生代白亜紀の頃までは海底であったが、新生代になって造山運動が活発化、約1,400万年前、海面に岩塊の一部が現れ島の原形が作られた。日本百名山の一つで九州最高峰の宮之浦岳(1935m)を中心とした島の中央山岳地帯に加え、西は国割岳を経て海岸線まで連続し、南はモッチョム岳、東は愛子岳へ通じる山稜部を含む区域。国の特別天然記念物にも指定されている樹齢7200年とも言われる縄文杉を含む1000年を超す天然杉の原始林、亜熱帯林から亜寒帯林に及ぶ植物が、海岸線から山頂まで垂直分布しており、クス、カシ、シイなどが美しい常緑広葉樹林(照葉樹林)は世界最大規模。樹齢1000年以上の老樹の杉を特に屋久杉と呼ぶ。樹齢100年の若い杉は屋久小杉。屋久杉の相は美しい、樹脂が多く、材質は朽ち難く世界の銘木として珍重されている。また、ヤクザル、ヤクシカ、鳥、蝶、昆虫類も多数生息している。 

() 古都京都の文化財
 登録遺産名 historic Monuments of Ancientkyoto(Kyoto,Uji and Otsu Cities)
 遺産種別 文化遺産       登録基準 ⅱ)
 登録年月 1994121218回プーケット(タイ)世界遺産委員にて世界遺産リストに登録される。
 遺産面積 コア・ゾーン1,056ha、バッファ・ゾーン3,579ha
  歴史的環境調整面積23,200ha
 登録遺産の概要
 古都京都の文化財は、794年に古代中国の都城を模範に造られた平安京とその近郊が対象地域で、平安、鎌倉、室町、桃山、江戸の各時代にわたる建造物、庭園などが数多く存在する。世界遺産に登録されている物件は賀茂別雷神社(上賀茂神社)、賀茂御祖神社(下鴨神社)、教王護国寺(東寺)、清水寺、比叡山延暦寺、醍醐寺、仁和寺、平等院、宇治上神社、高山寺、西芳寺(苔寺)、天竜寺、鹿苑寺(金閣寺)、慈照寺(銀閣寺)、竜安寺、西本願寺、二条城の17社寺、城で宇治市滋賀県大津市にも及ぶ。古都京都に
は約3000の社寺、2000件を超える文化財の中から、①世界遺産が不動産に限られているため、建造物、庭園を対象に、②国内で最高ランクに位置づけられている国宝(建造物)、特別名勝(庭園)を有する③遺産の敷地が史跡に指定されているなど、遺産そのものの保護の状況に優れているものの代表として17の物件が基本的に選び出され、古都京都の歴史とこの群れを成す文化財が総体として評価された。 歴史的、また、建造物的にも極めて重要な桂離宮、修学院離宮などを今後追加登録すべきだという声もおおくある。


    古都京都の文化財・延暦寺
 
  白川郷五箇山合掌集落・白川郷

() 白川郷・五箇山の合掌造り集落
 登録遺産名 Historic Villages of Shirakawa-go and Gokayama
 遺産種別 文化遺産      登録基準 ⅳ),ⅵ)
 登録年月 199512月第19回ベルリン(ドイツ)世界遺産委員会にて世界遺産リストに登録される。「合掌造り」
 遺産面積 68.03ha、緩衝地帯Ⅰ種面積4,335ha、Ⅱ種面積54,538ha
 登録遺産の概要
  白川郷・五箇山の合掌造り集落は、岐阜県白川村荻町)と富山県(南なんと市相倉、菅沼)の3集落にある国内では珍しい大型の木造家屋89棟の「合掌造り」の集落。「合掌造り」と集落の歴史的景観を形成する周辺の自然環境が、我が国6番目の世界遺産の指定対象地域(約68ha)になっている。 「合掌造り」とは、勾配が60度に急傾斜している屋根を丈夫にする為のサシと言う特殊な構造を用いた切妻屋根茅葺木造家屋のことで、豪雪などの自然環境に耐え、養蚕に必要な空間を備えた効率的な造りになっており、大変ユニーク。 これ等の村落は、庄川上流の日本有数の山岳、豪雪地帯にあり、釘やカスガイを使わない建築様式、板壁の使用、年中焚かれるいろりの煙が果たす防虫効果など厳しい地形と気候風土の中で培われた独自の伝統的生活様式の知恵が終結され「日本の心のふるさと」とも言えるノスタルジックな風土が独特の文化を形成している。この様に合掌造り家屋がまとまって残り、良好に保存された周囲の自然環境と共にかっての集落景観を保持する3集落の普遍的価値が、世界遺産として評価を得て、現に今も人々が暮らす民家群が人類の遺産として認められたことは大変意義深い。 

() 厳島神社
 遺産種別 文化遺産        登録基準 ⅰ)、ⅱ)、ⅳ),ⅵ)
 登録年月 199612月、第20回メリダ(メキシコ)世界遺産委員会開にて世界遺産リストに登
      録される。

 遺産面積 コア・ゾーン431.2ha、バッファ・ゾーン2,643.3ha合計3,065.5ha
 登録遺産の概要
 厳島神社は、広島県西部、瀬戸内海に浮かぶ厳島の宮島町にある。緑に覆われた標高530mの弥山みせんの原始林を背景に、本社本殿を中心に海上の大鳥居など、鮮やかな朱塗りの平安の宗教建築群を展開する。他に例を見ない大きな構想の下に独特の景観を創出している。登録遺産の範囲は、厳島神社の本社本殿、拝殿、幣殿、祓殿等17棟、それに朱鮮やかな大鳥居、五重塔,多宝殿えお含めた建造物群とそれと一体となって登録遺産の価値を形成している前面の瀬戸内海と背景の弥山を中心とする地域。厳島神社の創建は推古天皇の時代の593年と言われ、平安時代の1168年に平清盛(11181181)の崇拝を受けて現在の様な形に築かれ、その後、毛利元就(14971571)により、本社本殿は建て替えられた。厳島神社の建造物群は総体として、ある一つの明確な理念の下に調和と統一をもって建造され配置された社殿群及びその周囲に歴史的に形成された建造物からなっている。一方、それぞれの単体の建造物も個々に優れた建築様式を誇っている。また厳島神社のある安芸の宮島は、日本三景の一つとしてもしられている。

 
          厳島神社
 
   広島平和記念碑・原爆ドーム

) 広島平和記念碑
  登録遺産名 Hirosima Peace Memorial(Genbaku Dome)
 遺産種別 文化遺産       登録基準 ⅵ)
 登録年月 199612月、第20回メリダ(メキシコ)世界遺産委員会開
  世界遺産リストに登録される。
 遺産面積 コア・ゾーン0.4ha  バッファ・ゾーン42.743.1
 登録遺産の概要
 広島平和記念碑(原爆ドーム)は、広島市の中心を流れる元安川の川辺にある。原爆ドームは、第二次世界大戦末期の昭和201945)年8月6日、米軍が投下した原子爆弾によって破壊されるまでは、モダンなデザインを誇る旧広島県産業奨励館で、チェコの建築家ヤン・ッェツエル(18801925によって設計され)、大正41915)年に完成した建造物であった。原爆ドームは、人類史上初めて使用された核兵器によって、街は殆ど破壊され、核兵器の究極的廃絶と世界平和の大切さを永遠に訴え続ける人類共通の平和記念碑。世界遺産の範囲は、原爆ドームの建物が所在する地域の0.4ha。緩衝地帯の42.7haの区域内にある平和記念公園には、慰霊碑や50基余りのモニューメントがあり、広島平和記念資料館には、被爆資料や遺品、写真パネルなどが展示されている。原爆ドームの世界遺産は、広島市民を初めとする165万人の国会請願署名が推進動力となった。 原爆ドームが世界遺産にになったことによって、国内外から国際平和の発信拠点としての役割が一層期待されている。2002年8月には平和公園内に国立広島原爆死没者追悼平和祈念館が会館し、被爆者の遺影や手記などが公開されている。

() 古都奈良の文化財
  登録遺産名 Historic Monuments Ancient Nara
 遺産種別 文化遺産      登録基準 ⅱ)、ⅲ)、ⅳ),ⅵ)
 登録年月 199812月、第22回京都(日本)世界遺産委員会にて世界遺産リストに
      登録される。

 遺産面積 コア・ゾーン616.9ha
 登録遺産の概要
 古都奈良の文化財は、聖武天皇(701756)の発願で建立された官寺で、 金堂(大仏殿)、南大門、三月堂(法華堂)など8棟(正倉院を含む)が国宝に、18棟が重要文化財に指定されている東大寺、神の降臨する山として神聖視されていた御蓋みかさ山の麓に藤原氏の氏神を祀った神社の春日大社、大社の文化的景観を構成する特設特別記念物の春日山原始林、藤原氏の氏寺として建立された五重塔が象徴的な興福寺、六世紀には蘇我馬子が造営した飛鳥寺が平城京に移された元興寺、天武天皇の発願で建立した官寺の薬師寺、戒律を学ぶための寺として唐僧・鑑真が759年に創建した唐招提寺、平城京の北端にある宮城跡で、国の政治や儀式を行う大極殿や朝堂院、天皇の居所である内裏、役所の遺跡で特別史跡の平城跡の8遺産群からなる。この中には国宝25棟、重要文化財53棟の建造物が含まれ、遺産の範囲は遺産本体の面積が616.9ha、緩衝地帯が1962.5ha、歴史的環境調整地域の539.6合計3118.4haに及ぶ。遺産を構成する建造物は、8世紀に中国大陸や朝鮮半島から伝播して日本に定着し、日本で独自に発展を遂げた仏教建築群で、その後の同種の建築規模として大きな影響力を保ち続け、また、神道や仏教など日本の宗教的空間の特質を現す顕著で重要な事例群であることが評価された。

 
   古都奈良の文化財・春日大社

 
       日光東照宮・陽明門


(10) 日光の社寺
  登録遺産名 Shrines and Temples of Nikko
 遺産種別 文化遺産     登録基準 ⅰ)、ⅳ),ⅵ)
 登録年月 199912月 第23回マラケシュ(モロッコ)世界遺産委員会にて世界遺産
      リストに登録される。

 遺産面積 コア・ゾーン50.8ha、バッファ・ゾーン373.2ha、合計373.2ha
 登録遺産の概要
 日光の社寺は、栃木県日光市内にあり、二荒山神社、東照宮、輪王寺 の2社1寺とその境内からなる。その中には、江戸幕府の初代将軍徳川家 康(15421616)を祀る東照宮の陽明門や三代将軍家光(16041651)の霊廟がある輪王寺の大猷院などの国宝9棟、二荒山神社の朱塗りが美しい神橋などの重要文化財94棟の計103棟の建造物群が含まれる。二荒山神社は日光の山岳信仰の中心として古くから崇拝されてきた神社であり、中世には多数の社殿が造営された。東照宮は徳川家康の霊廟として1617年に創建され、主要な社殿は、三代将軍家光によって1636年に造営された。        東照宮の建築により、「権現造り」様式や彫刻、彩色等の建築飾の技法が完成され、その後の建築様式に大きな影響を与えた。輪王寺は、8世紀末に日光開山の勝道上人が創建した四本竜寺に起源をもち、日光山の中心寺院として発展してきた。1653年には、三代将軍徳川家光の霊廟である大猷院が造営され、輪王寺は、徳川幕府の崇拝を受けた。遺産は、徳川幕府(16031867)の祖を祀る霊廟がある聖地として、諸大名の参拝は勿論のこと歴代の将軍の参拝や朝廷からの例幣使の派遣、朝鮮通信使の参拝などが行われた。江戸時代の政治体制を支える重要な歴史的役割を果たした。また日光山中の建造物群周辺の山林地域は、日光山岳信仰の聖とされ、自然と社殿が調和した文化的景観を形成する不可欠な資産となっている。

(11)  琉球王国のグスク及び関連遺産群
  登録遺産名 Cusuku Sites and Related Properties of Kingdom of Ryukyu
 遺産種別 文化遺産       登録基準 ⅱ)、ⅲ)ⅳ)
 登録年月 200012月、第24回ケアンズ(オーストラリア)世界遺産委員会にて世界遺産
      リストに登録される。

 遺産面積 コア・ゾーン54.9ha、バッファ・ゾーン559.7ha、合計614.6ha
 登録遺産の概要
 琉球王国のグスク及び関連遺産群は、日本列島の最南端に位置する島嶼 沖縄県の那覇市など1市1町5村にまたがって点在するかってこの土地で隆盛を誇った琉球王国の時代の文化遺産。琉球王国のグスク(沖縄では「城」と書いて「グスク」と読む)及び関連遺産群は、登録遺産の面積が54.9ha、緩衝地帯の面積が559.7haの合計614.6haに及ぶ。琉球が琉球王国への統一に動き始める14世紀後半から、王国が確立した後の18世紀末にかけて生み出された琉球地方独自の特徴を表す文化遺産群で、今帰仁城跡、座喜味城跡、勝連城跡、中城城跡、首里城跡、園比屋式御嶽石門、玉陵、識名園、斎場御嶽、の9つからなる国の重要文化財(2棟)、史跡(7)、特別名勝(1)にも指定されている。沖縄のグスクには必ず霊地としての役割があり、地域の信仰を集める場所であったと考えられている。琉球諸島は東南アジア、中国、朝鮮、日本の間に位置し、それぞれの文化・経済の中継地であったと同時にグスク(城塞)を含む独自の文化財及び信仰形態をとのなっている。

 
       琉球王国・グスク
 
       紀伊山地・那知


(12)  紀伊山地の霊場と参詣道
  登録遺産名 Sacred Sites and Pilgrimage Routes in the Kii Mountain Range
 遺産種別 文化遺産    登録基準 ⅱ)、ⅲ)、ⅳ),ⅵ)
 登録年月 2004年月、第28回蘇州市(中国)世界遺産委員会にて世界遺産
      リストに登録される。

 遺産面積 コア・ゾーン495.3ha、バッファ・ゾーン11,370ha、合計11,865.3ha
 登録遺産の概要
 紀伊山地の霊場と参詣道は、修験道の「吉野・大峯」、神仏習合の「熊野三山」密教の「高野山」と言うようにそれぞれ起源や内容を異にする「山 岳霊場」と、これ等の霊場を結ぶ大峯奥駈道、熊野参詣道(小辺路、中辺路、大辺路、伊勢路)高野山町石道「参詣道」(巡礼路)からなる。紀伊山地の霊場と参詣道は和歌山県奈良県三重県の三県にまたがる紀伊山地の自然環境がなければ成り立つことがなかった「山岳霊場」と「参詣道」そして、周囲を取り巻く「文化的景観」を特徴とする、日本で随一、それに世界にも類例が稀な事例である。紀伊山地の霊場と参詣道は森林が広がる紀伊山地に、吉野・大峯・熊野三山、高野山の3ヶ所の霊場があり、それぞれが大峯奥駈道、熊野参詣道、高野山町石道の参詣道で結ばれてい」る。これらは神道、仏教の神仏習合を反映しまた、これ等の宗教建築物群と森林景観は1200年以上にわたって脈々と受け継がれてきた霊場の伝統を誇示している。

(13) 知床[Shiretoko]
 遺産種別 文化遺産    登録基準 ⅱ)、ⅳ)
 登録年月 2005年7月、第29回ダーバン(南アフリカ)世界遺産委員会にて世界遺産リストに登録される。
 遺産面積 コア・ゾーン34,000ha、バッファ・ゾーン37,100ha、合計71,100ha
 登録遺産の概要
 知床は、日本の北海道の北西部にあり、地名はアイヌ語の「シリエトク」 に由来し、地の果てを意味する。知床の世界遺産の登録面積は,核心地が34,000ha、緩衝地域が37,100haの合計71,100haである。登録範囲は、囲いは、長さ約70kmの知床半島の中央からその先端部の知床岬までの陸域48,700haとその周辺のオホーツク海域22,400haに及ぶ。知床は海と陸の生態系の相互作用を示す複合生態系の顕著な見本であり、海、川、森の各生態系を結ぶダイナミックは世界でも低緯度に位置する季節的な海氷の形成とアイス・アルジーと呼ばれる植物プランクトンの増殖によって影響を受ける。それは、オオワシ、オジロワシ、シマフクロウなど絶滅が危惧される国際的希少種やシレトコスミレなど知床山系固有種にとってでもある。知床は脅威にさらされている海鳥や渡り鳥、サケ科魚類、それにトドや鯨類を含む海棲哺乳類にとって地球的に重要である。 我が国で13番目の世界遺産、自然遺産では3番目で海域部分が登録範囲に含まれる物件、そしてその生物多様性が登録基準として認められた物件としては我が国で初である。

 
      知床・知床五湖
 
       石見銀山遺跡


14)石見銀山遺跡とその文化的景観
  登録遺産名 Historic Silyer Mine Site of Iwami-Ginzan and Cultural land scrp
 遺産種別 文化遺産    登録基準 ⅱ)、ⅲ),ⅴ)
 登録年月 2007年7月、第31回クライストチャーチ(ニュージランド)
         世界遺産委員にて世界遺産リストに登録される。
 登録遺産の概要
 石見銀山遺跡は、日本海に面する島根県のほぼ中央にある。石見銀山は、中世から近世にかけて繁栄した銀山で、1617世紀の銀生産最盛期には、ボリビアのポトシと並ぶ世界の2大銀山と言われ、海外にも多く輸出され、当時の世界の銀の約3分の1を占めたと言われる日本銀のかなりの部分を担い、世界経済にも大きな影響を与えた。
 石見銀山遺跡は中世から近世の約400年にわたる銀山の全容が良好にのこる産業遺跡で、石見銀採掘、精錬から運搬、積み出しに至る鉱山開発の総体を表す「銀鉱山跡と鉱山町」、「港と港町」及びこれらをつなぐ「街道」の3つから構成されている。石見銀山遺跡は東西世界の文物交流及び文明交流、の物証であり、伝統的技術による銀生産の証である考古学的遺産及び銀鉱山に関わる土地利用の総体を表す文化的景観を呈する。

15平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群
 登録名 平泉
-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群
 登録日 2011年      登録基準;(2)(4)
 登録遺産の範囲 中尊寺、毛越寺、観自在王院跡、無量光院、金鶏山
 登録遺産の概要 
 平泉は、平安時代末期の1112世紀に栄えた、北方領域における政治・行政上の拠点である。この地を治めていた藤原氏は、仏教を基盤に理想世 界の実現を目指した。浄土思想とは、阿弥陀如来を信仰し、極楽浄土への往生を目指す仏教の考え方。「誰もが、成仏できるようにしよう」というこの思想は、8世紀ころから日本にも徐々に広まったと言われている。
 11世紀頃の東北地方では戦乱が続いており、奥州藤原氏の初代である藤原清衡は「敵味方の区別なく、戦禍で命を失った人々の魂が浄土へ導かれ るように」という祈りを込め、中尊寺金色堂を建立したとか。この様に、浄土思想に基づいて一群の遺跡がデザインされているという点が高く評価され、平泉は2011年に世界遺産の認定をうけました。

 
     平泉-仏国土、中尊寺
 
       小笠原諸島

16)小笠原諸島
 登録名 小笠原諸島
 登録日 2011年      登録基準;(3
 登録遺産の概要 
 世界自然遺産に登録されるためには「自然環境」「地形・地質」「生態系」「生物多様性」の4つのクライテリアの内、1つ以上に合致することが必要である。小笠原諸島では、地球と生物の進化に関する貴重な情報を提供する重要な地域であり、「地形・地質」「生態系」「生物多様性」の3つのクライテリアに合致すると考えて推薦書を作成しました。
 平成
23年6月にフランスのパリで開催された第35回世界遺産委員会に おいて世界自然遺産の4つの評価基準のうち、「生態系」の評価基準に合致すると評価され、同年6月29日に世界自然遺産として登録されました。大陸と一度も陸続きになったことがなく、東洋のガラパゴスと呼ばれる小笠原諸島は東京から南へ約1000㎞の洋上にある海洋島である。大陸形成の歴史を紐解くカギが残されているとされ、地質学にも注目されていますが、独自の進化を遂げた動植物も貴重な存在である。30あまりある島々の中でも、人気が高いのが南島であるが、入島には、環境保護のため、資格を持ったガイド同伴が必要で、かつ1100人までという、制限がある。

17富士山(2013年)
 登録名 富士山-信仰の対象と芸術の源泉2013年) 登録日 2013
 登録遺産の概要
 富士山は当初、世界自然遺産として登録を目指したが、ゴミの不法投棄などによる環境悪化や開発により本来の自然が保たれていないなどの理由で、文化遺産登録を目指す方針に転換した。対象となった「構成資産」は山頂の信仰遺産や富士山五湖などを含む25件、正式名称は「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」と決まった。
 古くから富士山信仰の存在や、万葉集の時代から文字や絵画に描かれて
きた日本人の芸術の源泉として「日本一の山」という事実を越えて、大き  な意味合いを持つ富士山。登録エリアは山頂の信仰遺産群から富士五湖、三保の松原まで広範囲にわたります。

 
         富士山
 
        富岡製糸場


18)富岡製糸場と絹産業遺産群
 登録名 富岡製糸場と絹産業遺産群 登録日2014
 登録遺産の概要
 2013年9月25日から26日にかけて、現地調査を行った。Icomos(国際 記念物遺跡会議)は2014年4月に登録を勧告した。直近の日本の文化遺産推薦は厳しい勧告を受けてきたのに対し、この物件に対する勧告では日本の主張がほぼ全面的に認められる形となった。「富岡製糸場と絹産業遺産群」は長い間生産量が限られていた生糸の大量生産を実現した「技術革新」と「世界と日本」の「技術交流」を主題とした近代の絹産業に関する遺産である。
 日本が開発した生糸の大量生産技術は、かって一部の特権階級のものだ
った絹を世界中の人々に広め生活や文化を更に豊かなものに変えました。

19明治維新の産業革命遺産
 登録名 明治維新の産業革命遺産製鉄・製鋼、造船、石炭産業   登録日 2015
 登録遺産の概要
 明治維新の産業革命遺産は、2015年の第39回世界遺産委員会で世界遺産リストに登録され、山口・福岡・佐賀・長崎・熊本・鹿児島・岩手・静岡の8県に点在する。西洋から非西洋世界への技術移転と日本の伝統文化を融合させ、1850年代から1910年(幕末・明治時代)までに急速な発展を遂げた炭鉱、鉄鋼業、造船業に関する文化遺産であり、稼働遺産を含む世界遺産は日本では初めてとなった。
 明治日本の産業革命は、
  1.九州、山口を中心に進められた日本の近代化は、西洋先進国からの積極的な技術導入によ
    って進められ、それらの国との文化の交流がう かがわれる。

  2.鎖国状態にあった日本において、非西洋地域で初めて、約50年間という短期間で飛躍的な
    経済的発展を成し遂げた産業遺産群は、その歴 史上の重要な段階を物語る優れた科学技
    術の集合体であること

  などが評価され、2015年、文化遺産に登録された。

 
 明治日本の産業革命遺産・軍艦島
 
   ル・コルビュシェの建築作品


20)ル・コルビュシェの建築作品
 登録名 ル・コルビュシェの建築作品  登録日 2016年 
 登録遺産の概要
 2016年7月、20世紀を代表する近代建築の巨匠ル・コルビュシェが設計した、7か国17の作品が世界遺産に登録されました。その中に日本が推薦した東京・上野公園の国立西洋美術館本館が含まれています。
 ル・コルビュシェは1887年スイスに生まれ、地元で建築家としてスター
トを切った後、フランスのパリに拠点を移し、鉄筋コンクリートによるフ レーム構造の「ドミノ」や人体に合わせた「モデュロール」という独自の寸法体系を考案し、新たな建築の可能性を追求した。さらにピュロティ、自由な平面、水平連続窓などからなる」5つの要点(「近代建築の五原則」)を提案。フランスのブローニュ・ビヤンクールに建てられたクック邸で実現し、同じくフランスのサヴォワ邸で完成させました。またインドのチャンディーガルでは、彼が数多く立案した都市計画の一端がうかがえます。晩年は宗教建築も手がけ、フランス・ロンシャンの礼拝堂はその最高傑作と言われています。
 2016年に登録された最新の世界遺産が、フランスを拠点に活躍した近代建築の巨匠、ル・コルビュシェが手掛けた建築作品群です。非常に珍しいが、7か国に残る17の建築群が構成資産になっており、大陸をまたぐ初の世界遺産になっている点、日本では東京・上野の国立西洋美術館が構成資産の一つとなっています。日本で唯一、さらに東アジアで唯一のル・コルビュシェ建築である。

21「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群
 登録名 「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群 登録日 2017年 
 登録遺産の概要
 「神宿る島」宗像むなかた・沖ノ島と関連遺産群は、福岡県宗像市及び福津市内にある宗像三女神を祀る宗像大社信仰や、大宮司家宗像氏にまつわる史跡・文化財を対象とするものであり、自然崇拝を元とする固有の信仰・祭祀が4世以来現代まで継承されている点などが評価されている。
 そもそも沖ノ島とは宗像大社の境内地で、九州本土から約60㎞離れた玄界灘に浮かぶ島。4~9世紀にかけて、国家の安寧を願う国家的な祭祀が 行われていました。沖ノ島への入島は原則禁じられ、島にあるものは一木一草一石たりとも持ち帰ってはならない島で見聞きしたことを漏らしてはならないなどの禁忌があります。それが、沖ノ島が約1000年もの長い間、謎のベールに包まれていた理由の一つです。登録されたのは合計8つの構成資産である。

 
     「神宿る島」・沖ノ島
 
   潜伏キリシタン・大浦天主堂


22長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産
 登録名 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産  登録日 2018
 登録遺産の概要
 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産は、長崎県と熊本県に残り12件の構成資産からなる世界遺産で、201830日、第42回世界遺産委員会において登録が決定した。
 1719世紀のキリスト教禁教政策の下で、ひそかに進行を地づけた人々の歴史を伝える遺産群。長崎県西部に五島列島、熊本県天草と、2県6市、2町にまたがる12の資産で構成されている。 長崎港を見下ろす高台に立つ大浦天主堂は、開国後に来日した宣教師が、200年以上も信仰を守った潜伏キリシタンと出会った歴史的な場所である。天主堂内部には美しいリブ・ヴォールト天井が施され、日本最初期の洋風建築として国宝に指定されている。

23)百舌鳥・古市古墳群
 登録名 百舌鳥・古市古墳群  登録日 2019
 登録遺産の概要
 百舌鳥・古市古墳群は、墳丘の長さ約486mの大山井古墳(仁徳天皇陵古墳)を始め49基の古墳群の総称で、2019年7月6日の第43回世界遺産委員会で正式に世界文化遺産に登録されました。
 百舌鳥・古市古墳群は、古墳時代の最盛期(4世紀後半から5世紀後半)にかけて築造された、古代日本列島の王たちの墓群である。古代日本の政 治文化の中心の一つであり、大陸に向かう航路の出発点であった大阪平野に位置しています。墳丘の長さおよそ500mに及ぶものを初めととする、世界でも独特な鍵穴形の前方後円墳が多数集まり、これ等と多数の多数の中小墳墓が密集して群を形成して群を形成しています。本資産の古墳には、前方後円墳、帆立貝形墳、円墳、方墳という4種類があります。これらの形式は、日本列島各地の古墳の規範となって標準化されたものでした。

 






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