ダイ科
タイ科はスズキ目に属する海水魚の科の1つ。全世界の熱帯から温帯に分布する。主に肉食性で、底生の貝類や甲殻類を食べる。雌雄同体の種と、性転換を行う種が存在する。
1.分類
脊索動物門脊椎動物亜門条鰭綱スズキ目スズキ亜目タイ科。
スズキ目(20亜目)のスズキ亜目(79科)のうちタイ科、イトヨリダイ科、イサキ科、メジナ科、ニベ科、キス科を総称してタイ類と言う。 日本にはこの外スズメダイ、アマダイ、イシダイ等のタイの名の付く魚類が多いが、タイ科魚類と生物学的な近縁性はない。
タイ科魚類は太平洋、大西洋、インド洋の温帯域を中心におよそ29属100種が生息すると言われている。 この内日本近海(以西底引き網漁獲海域の東シナ海、黄海を含む)には、3亜科13種が生息する。 黒鯛系のへダイ亜科にはヘダイ、クロダイ、キチヌ、ナンヨウチヌ、ミナミクロダイ、オキナワチヌの6種、赤鯛系のマダイ亜科にはマダイ、タイワンダイ、チダイ、ヒレダイの4種、キダイ亜科のホシレンコ、キダイ、キビアカレンコの3種が生息する。
チダイ
|
キダイ
|
ヒレコダイ
|
タイワンダイ
|
ホシレンコ
|
キビアカレンコ
|
2.生物学的特徴
マダイ亜科には、① 両顎の側部に2列の大きな臼歯状の歯がある。 ②両眼域の隆起は大きくないのが特徴、更にマダイ種は、③ 背鰭棘は全て硬く延長しない。 ④ 体高は低く、体長は体高の2倍以上、⑤ 生時、体側に青色斑点がある。 ⑥ 尾鰭後縁は黒く、下縁は白いのが特徴。
日本近海で外見上マダイに一番良く似ているのが、チダイ属のチダイである。 マダイとチダイの外見上の違いは、① マダイの尾鰭後縁が黒いのに対し、チダイの尾鰭後縁は黒くない。いだい② 背鰭第3,4棘はやや糸状に延びる。
タイワンダイは、一見ヒレコダイに似ているが、ヒレコダイはチダイ属、タイワンダイはマダイ属でマダイに一番近い魚種。① 背鰭前方の数棘は柔らかく糸状に延長。 ② 体高は高く、体長は体高の1.9倍以下。 ③ 生時、体側に青色斑点はない。 ④ 尾鰭後縁は黒くない。
ヒレコダイはチダイ属で、チダイとの外見上の違いは、ヒレコダイの背鰭第3,4棘は著しく糸状に延長している。
キダイ亜科のキダイもマダイに良く似ている。キダイ亜科はタイ科の中で唯一① 両顎の側部に臼歯がなく1列の円錐歯がある。②両眼域の隆起は大きいと言う特徴がある。
キダイ属キダイは、①背鰭棘は延長しない。②生時、体は橙赤で、に大きな黄色斑が3つある。③生時、各鰭は赤色。
ホシレンコは背鰭、① 背鰭前方の数棘は糸状に延長する。 ② 生時、体側には青色円斑が散在する。
キダイ属キビレアカレンコは生時、各鰭は黄色で、背鰭と尻鰭は色が濃いのが特徴。
その他、輸入魚の中にマダイに良く似た赤色系タイが多くいる。
オーストラリア南西部から、ニュージランドに生息するゴウシュウマダイは容姿が似ているだけでなく、生物学的にもマダイと近縁で一番マダイに近いのがゴウシュウマダイといわれている。
イギリス以南、ヨーロッパからアフリカの大西洋岸と南北アメリカ大西洋側の温帯海岸に分布するヨーロッパマダイ。 南アフリカ沿岸に分布するキシマダイ。 北西アフリカの水深250mに分布するアサヒダイ。 バルト海で獲れるニシキダイ。 アフリカ西岸の熱帯地方に分布するアンゴラレンコ等がいる。
3.分布と生育
マダイは北海道以南、渤海、黄海、東シナ海、南シナ海に分布する。 中でも九州西岸域や瀬戸内海域に多い。 黄海・渤海域(菜州湾、海州湾)で生まれ育った本種は、水温の低下が始まる10~11月にかけて沖合いに向かい12月には済州島西南域に達し、越冬する。 その後、春の訪れとともに再び発生水域に向かう。 銘柄別分布を見ると、黄海域では小型魚が著しく多く、九州近海では中型魚の割合が増大し最も多くなる。 更に東シナ海南部水域では大型化の傾向が強く小型魚は極めて少ない。 このことから東シナ海、黄海、九州近海域マダイは同一系群とおもえぐが、黄海群と九州近海群の漁獲量、資源量指数、資源密度指数は全く異なった変動をしており黄海群と九州近海群が同一とするには無理がある。 すなわち黄海海域の魚群が成長して南下して九州海域に移動するとすれば、通常補給資源である前者の方が後者より小型でかつ量的にも多いと思われる。 事実1950年後半の漁獲量は、黄海は、黄海群が2700~5100トンに対し九州近海のそれは100~400トンで前者が圧倒的に多かった。 しかし、1970年代の後半には黄海群の漁獲量は10~300トンまで急減し、逆に九州近海群のそれは400~760トンまで増加した。
また、九州近海群が東シナ海群に移動すると言う説は、否定出来ないが、距離的に離れすぎており今後の調査が必要としている。
日本沿岸域のマダイは以下の6系群にわけられている。
1)日本海・東シナ海系群 ; 島根県浜田沖から九州北部西岸(五島列島北部)
2)日本海北・中部系群 ; 青森県日本海沿岸から兵庫県以東
3)太平洋南部系群 ; 和歌山県沖から鹿児島県志布志湾水域に至る沿岸域
4)瀬戸内海中・西部 ; 燧灘、安芸灘、伊予灘、周防灘を生活圏とする群
5)瀬戸内海東部系群 ; 紀伊水道、大阪湾、播磨灘、備讃瀬戸を生活圏とする群
6)太平洋中部系群 ; 三重県から千葉県沿岸までに分布する群
表1 海域別マダイの年齢と尾叉長
系群/年齢
|
1歳
|
2歳
|
3歳
|
4歳
|
5歳
|
6歳
|
着海・東シナ海
|
14cm
|
19 cm
|
24 cm
|
28 cm
|
32 cm
|
36 cm
|
日本海北・中部
|
9 cm
|
16 cm
|
22 cm
|
27 cm
|
32 cm
|
36 cm
|
太平洋南部
|
14 cm
|
24 cm
|
32 cm
|
39 cm
|
44 cm
|
48 cm
|
瀬戸内海中・西部
|
12 cm
|
19 cm
|
25 cm
|
31 cm
|
35 cm
|
39 cm
|
瀬戸内海東部
|
15 cm
|
23 cm
|
30 cm
|
36 cm
|
42 cm
|
46 cm
|
太平洋中部
|
16 cm
|
24 cm
|
31 cm
|
37 cm
|
43 cm
|
47 cm
|
伊勢、駿河、東京湾
|
16 cm
|
24 cm
|
31 cm
|
37 cm
|
42 cm
|
51 cm
|
4.タイ科の雌雄同体現象
1852年イギリス人マッカーレンによってタイ科魚類の雌雄同体現象が発見された。 日本では、1974年広島県水産試験場の養殖池で育てられたマダイの中で卵巣と精巣の両方ある両性生殖腺をもった1~3歳の若いマダイが発見され、その割合は25%であったと。 また中園明信氏の研究では、未熟な卵巣か両性生殖腺のどちらかを持つ2歳未満の天然マダイが多く見つかった。 ただし、性的に成熟したマダイの性比率は各年齢1対1であったとしている。 また、中国人の研究者によるタイワン産のマダイは産卵した後の雌は雄に変わるが、全ての雌が一変に雄に変わるのではなく、生涯雄にならない「生涯雌」もおり、各年齢ごとの雌雄はやはり半々であるとのこと。
5.生殖・産卵
江蘇省の海州湾では4~5月、渤海では5~6月、長崎県の五島西沖や鯵曽根(野母崎沖)では3月上旬~5月下旬にかけて産卵が行われる。 マダイの産卵期の遅速は水温と相関があると言われている。 例えば、日向灘北部で2~5月(最盛期4月)、伊予灘3~4月、播磨灘4月中旬~5月上旬、燧灘5月中旬~6月中旬、新潟県出雲崎海域5月下旬~7月中旬、起伏の激しい天然礁、岩場で潮流も速い処が多い。
養殖魚の産卵は、日没前後を中心に水面近くで行われる。 1親の産卵は毎日行われ、2ヶ月前後(1産卵期間中に、20~30回)も続く。
6.性成熟と産卵数
東シナ海隣接の鯵曽根海域における雌の最小成熟及び尾叉長は、33.4cm、体重860g、また山形県産雌のそれは尾叉長28cm、体重500gとされている。 天然マダイと養殖マダイの間では尾叉長と成熟度の関係には差は認められず、半数の雌が成熟するのが約26cmである。 また、ほぼ全個体が成熟するのは、雌で尾叉長33㎝、体重800g、雄で22cm、体重240gである。
成熟と年齢関係は広島水試養成の雌で2歳(平均尾叉長24.5cm、体重314g)で一部が3歳(32.1cm、729g)で大部分の個体が成熟する。 この様にマダイの成熟は魚体の大きさと密接な関係が見られるため、成熟年齢は成長速度の速い養成魚が天然魚より1~2年程度早い。
産卵数は、体重1kgで200~300万粒、1.5kgで400万粒、2kgで800~900万粒。
7.仔魚及び食性
マダイの受精卵は無色透明、真球形の浮上性分離卵である。 卵の真径は0.75~1.05mm、受精卵は、水温20℃のとき約40時間後に孵化する。 卵が順調に発育する適正温度は19~25℃で、これ以上では発育が進み過ぎて弊害がおこり、以下では発育が遅れる。 14度では孵化に85時間かかり、10℃以下では発育が停止する。 孵化直後の仔魚は全長やく2mm。 口は未分化で泳ぐ力もなく動物性プランクトンである。 約2日後、口と肛門が開き、消化管が出来始める。 3~5日後(全長約3mm)卵黄が吸収され、自力で餌を捕食し始める。 全長5mm頃、尻鰭の基部が現れる。 全長8mmで各鰭が完成、多少の遊泳力が付き、それまで水面近くで浮いていたが、海底近くに移動し始める。 孵化して25~30日マダイは14~15mm変態しプランクトン生活は終了する。
鹿児島県志布志湾の調査によれば、尾叉長10~20mmの底生活に移行ないし着底初期の稚魚は5月上旬に湾内に広く分布しケンミジンコを多く摂食している。 5月下旬にはヨコエビの摂食が増す。 尾叉長20~30に成長するとヨコエビの分布量の多い湾奥部の細砂底域に移動、6月中旬には尾叉長40mm前後に成長。 7月には湾内中央部の極細砂域やアマモ場やガラモ場周辺に拡大、餌生物はヨコエビ主体からワレから類、アミ類を含め多様化する。 8月には尾叉長80~90ミリに成長。 8月中旬頃から次第に湾外に去るか、一部は湾内で越冬する。
黄海域の尾叉長13~30cmの胃内餌生物の出現率は、カニ類が最も多く約60%、次いで小エビ類17%、頭足類10%、貝類5%、エビ類3.5%、棘皮動物2%の順になっている。
8.種苗放流事業
瀬戸内海では、戦後魚場環境の荒廃や漁業の近代化に伴い漁獲圧の増大によって、多くの漁業資源が衰退の一途をたどり、資源問題が深刻化した。 これに対し、1960年代に人工種苗を大量放出することによって漁獲資源を保護する栽培漁業が沿岸漁業の振興対策として登場し、海産魚類ではマダイが瀬戸内海東部海域で先駆的に取り組まれた。
(1)1963年水産庁指導のもと府県と各府県漁連を会員とした社団法人瀬戸内海栽培漁業協会が設立さ
れ、瀬戸内海をモデル海域とし、1965年伯方島事業場で種苗生産試験を開始し、放流は1973年以降行 う。1979年までの期間は標識漂流尾数は10万尾以下と少なく、法流効果を実証するのに不十分であ つた。 1980年より、徳島県、兵庫県、和歌山県の県営栽培漁業センターで種苗の生産を開始、1983 年以降毎年100万尾以上の人工種苗が放流された。
(2)1985~1990年の6年間に瀬戸内海海域(伊予水道、大阪湾、播磨灘、備讃瀬戸)全域で約33万尾
のマダイを調べ3877尾の標識放流魚が確認され、6年間の有標識率は、1019%であった。放流群別の
有標識率は、1.08~1.48の範囲にあり、放流群に顕著な差は見られなかった。
年齢別では、0歳魚が1.31%、1歳魚が0.87%、2歳魚が0.37%、3歳魚が0.17%、4歳魚が0%と年
齢が進むに従い、1年で約半分ずつ減少した。得られた有標識率に基づき6年間の直接的な生産効果
を推定し、1990年までの6年間における生産効果を集計すると、5年間に放流された約650万尾の内、
95万尾(14.7%)が回収された。 ……回収状況を放流種100万尾当たりに換算すると回収10万尾、重
量10トン、及び回収金額は2000万円となった。 これを年齢別で見ると、回収尾数の81%がお歳魚で
占められ、0歳と1歳魚で全体の97%をしめた。
(3)回収された放流群の平均単価は、経済価値の低い0歳魚が大半を占めているため1960円/kgと天
然の3010円/kgの65%程度であった。放流までに要した経費を1尾当たり30~50円と仮定すると、諸
経費の41~68%程度の回収に留まっている。
また漁獲量10トンは当初の漁獲目標100トンの10分の1であるとのこと。
この放流事業を合理的な漁業生産に結び解ける対策には
① 長期的には、瀬戸内海の漁業就業者の年齢構成は、1993年時点で55歳以上が55%、60歳以上が39
%と高齢で、10年後の2003年には、1993年就業者数の53%に半減すると予想されており、漁獲圧力
は軽減すると考えられている。
② 当面は、0歳魚の漁獲制限が必要としている。
*「小型底引き網」は、高速で運動性に優れ、海底形状の複雑な岩礁域での漁獲が可能であり、海岸
線が単調で島嶼の少ない瀬戸内海には適した漁法。 また、この漁法は、マアナゴやエビを重要な
漁獲対象としているため、網目を大きくすることができない。
9.養殖
大正13年(1924)広島県にある国立養魚試験池でマダイの人工試験を始め、1928年に卵から孵化した仔魚を数十尾の全長14~19mmの稚魚に育てた。これが人手で卵から育てた最初の鯛稚魚である。 海から取ってきた鯛の稚魚を、大きく育てる鯛養殖が事業として始まったのは、これよりやや早く、昭和2年(1927)であった。
その後、養殖池の主対象は鯛からハマチに変わった。 コダイは、ハマチが食い残し、池底に沈んだ餌を食べさせるために副次的に飼われた。 昭和45年に1000トン未満であった養殖マダイは、昭和61年には3万6000トンを超えた。
初期の養殖マダイは白っぽく、赤色が出ないため一目で養殖鯛と判明できた。 その後マダイの赤色はカロテノイドであることが判明した。 マダイは自分でカロテノイドを作ることは出来なく、カロテノイドを含有するシャコなどの甲殻類を餌として摂食することにより、赤色を呈していた。
食べられた餌のカロテノイドはマダイの皮膚に移動し貯蔵されるが、やがてカロテノイドはアスタキサンチンに変わり赤色を呈する。 現在の養殖マダイは天然と同じ色で天然鯛と養殖鯛の判別出来ないほど養殖技術は進歩している。
10.漁獲量
戦後のわが国におけるタイ類の漁獲量は1950~1970年の20年間はおおむね2~2.5万トンで推移したが、1970年代以降長期的な漸減傾向を示し1980年以降は、約1.5万トン前後まで減少した。 価格は低下の傾向にあるが、これは輸入魚と養殖魚の影響と考えられる。
表2品目別水揚量(t)・価格(円/kg)
品 目
|
H8
|
H9
|
H10
|
H11
|
H12
|
H13
|
H14
|
H15
|
H16
|
H17
|
マダイ水揚量
|
9185
|
9475
|
9768
|
12121
|
11523
|
12058
|
10486
|
10147
|
10357
|
7667
|
価格
|
1291
|
1233
|
1078
|
904
|
974
|
998
|
934
|
851
|
800
|
803
|
チダイ水揚量
|
2392
|
1819
|
5177
|
4896
|
4408
|
4521
|
5025
|
4990
|
5456
|
4449
|
価格
|
560
|
614
|
537
|
557
|
607
|
559
|
503
|
434
|
416
|
459
|
キダイ水揚量
|
3453
|
3187
|
|
|
|
|
|
|
|
|
価格
|
644
|
659
|
|
|
|
|
|
|
|
|
H10より、チダイとキダイは統合
表3タイ類の海域別漁獲量(平成17年)
産地
|
太平洋北
|
太平洋中
|
太平洋南
|
日本海北
|
日本海西
|
東シナ海
|
瀬戸内海
|
合計
|
マダイ水揚量
|
99
|
501
|
1048
|
729
|
1186
|
4660
|
1545
|
9767
|
価格
|
847
|
1050
|
775
|
787
|
790
|
786
|
806
|
803
|
チダイ&水揚量
|
78
|
175
|
366
|
137
|
753
|
2935
|
4
|
4449
|
キダイ 価格
|
674
|
453
|
335
|
404
|
450
|
530
|
459
|
459
|
表4外国のタイ科魚類の輸入状況(t)
国 名
|
1984年
|
1985年
|
1986年
|
1987年
|
1988年
|
韓 国
|
5133
|
4581
|
4268
|
5668
|
1897
|
アルゼンチン
|
2192
|
2047
|
828
|
1562
|
2237
|
パナマ
|
4126
|
4758
|
4488
|
4880
|
4010
|
モーリタニア
|
2119
|
1697
|
352
|
1874
|
1525
|
モロッコ
|
2516
|
3536
|
2300
|
1288
|
842
|
ガンビア
|
|
44
|
119
|
292
|
1187
|
セネガル
|
1264
|
1474
|
1440
|
2846
|
937
|
ニュージランド
|
2274
|
2649
|
1194
|
1505
|
1409
|
その他
|
986
|
556
|
1051
|
2259
|
1342
|
合 計
|
20610
|
21342
|
16040
|
22174
|
15386
|
11.食品成分
マダイの可食部100g当たりの食品成分
カルシウム 36mg
|
ビタミンA
40IU
|
リン 210mg
|
ビタミンB1 0.20mg
|
鉄 0.3mg
|
ビタミンB2 0.16mg
|
ナトリウム 70mg
|
ビタミンC 2mg
|
カリウム 410mg
|
エネルギー 112k
|
蛋白質 19.0g
|
水分 76.4g
|
脂質 3.4g
|
灰分 1.2g
|
12.チダイ
チダイは北海道南部以南、東シナ海、朝鮮半島南部に分布する。 五島南西の東シナ海大陸棚上にも分布するが、極めて少なく散発的に漁獲される程度。 チダイの主分布域は鳥取県沿岸から九州沿岸及び紀伊水道、土佐沖、豊後水道沖、日向灘、薩南海域に至る西日本海域で全国漁獲量の大半を占めている。 本種は刺し網、釣り、底引き網、吾智網、定置網などで漁獲する。
全国のチダイ漁獲量は1956~1971年までは3000~4000トンで比較的に安定していたが、その後、減少傾向を示し、1975年にはには2000トン以下、1986年には1000トン以下となった。 しかし、その後やや回復し、1989~1994年間は1200~2000の範囲にある。
13.キダイ
キダイは太平洋側では千葉以南、日本海側は青森以南の日本海、東シナ海、黄海、渤海、南シナ海の一部に分布するが、琉球列島には生息しない。本種は各種の底引き網、延べ縄等で漁獲される。東シナ海のキダイ資源は豊富であったが、大正末期から、昭和初期にかけて急速に減少したが、戦争による休漁により、資源量は回復した。しかし、戦後漁業が再開されると一時的に回復した資源は」、数年で低水準に戻ることとなった。 すなわち以西底引き網による漁獲量は1947年2万トンであったが、1950年1万600トン、1955年5500トンとなり、その後増減を繰り返していたが、1974年には2000トンとなる。 その後、1978~1983年やや増加し4000トン前後まで回復するが、再び減少傾向が続き、1996~1999年間は1000トン前後の低水準にある。
14.ヒレコダイ
高知、宮崎、鹿児島等西部太平洋、東シナ海、南シナ海に分布する。東シナ海において本種の資源は安定していたが、1940年頃から漁獲努力の増加に伴い、分布域と魚群密度が年を追って次第に小さくなりついに1964年に本種の漁獲統計も廃止され、その後の漁獲量は不明である。
15.ホシレンコ、キビアカレンコ、タイワンダイ
3魚種とも漁獲統計に無く漁獲量は不明。 ホシレンコ、キビアカレンコは奄美大島、琉球列島、東シナ海に生息し、以西底引き網やアマダイ延べ縄で散発的に漁獲される。 タイワンダイは、東シナ海及び南シナ海に生息するが、高知県で獲れることもある。
16.鯛雑学
(1)貝塚と鯛
日本各地の後期縄文時代(BC3000~300年)や弥生時代(BC300=AD300年)の遺跡(貝塚)からマ
ダイ、クロダイ、ヘダイなどタイ科の魚骨が普通的に出土するため、これ等の魚類は通常の食料とし
て、全国的に漁獲されていたと考えられる。マダイやクロダイは利口な魚で、現在これ等の魚類を漁
獲するためには高度な技術や漁具が必要であが、まともな魚具はなかったと思われる、3000年昔、ど
のようにして漁獲していたのであろう。 石の網錘、皮製の網浮きらしい物、鹿骨を削ったモリなど
が出土していることから、粗末な魚網とすぐ壊れそうなもりが当時の漁具だったようだ。
(2)妙の浦
千葉県天津小湊町に妙の浦と言う処がある。妙の浦は「鯛の浦」としてしられる。 ここは、日蓮
上人の誕生の地として殺生禁断の伝統が古くからしっかりと守られ、土地の漁師はここでは漁を行わ
ない。そのため、たくさんの鯛が漁船の船端を叩く音を聞いて浮き上がって来る。 昔から天下の景
観として有名な処である。
天津小湊町の鯛の浦は「鯛の浦タイ生息地」として、大正11年(1922)3月に天然記念物の指定を受
け昭和42年(1967)12月特別天然記念物に昇格した。
(2)妙の浦
千葉県天津小湊町に妙の浦と言う処がある。妙の浦は「鯛の浦」としてしられる。 ここは、日蓮
上人の誕生の地として殺生禁断の伝統が古くからしっかりと守られ、土地の漁師はここでは漁を行わ
ない。そのため、たくさんの鯛が漁船の船端を叩く音を聞いて浮き上がって来る。 昔から天下の景
観として有名な処である。
天津小湊町の鯛の浦は「鯛の浦タイ生息地」として、大正11年(1922)3月に天然記念物の指定を受
け昭和42年(1967)12月特別天然記念物に昇格した。
。
[ 前へ ] [ トップページ ] [ 次へ ]
|